自分の理想やらプライドやら羞恥心(性的快感を伴わない)やらでガチガチの殻に籠ったマゾのバリアが、ふっと解けるときがある。
それはわたしに心を許してくれたから起こったのかもしれないし、自分の限界のようなものを超えたから起こったのかもしれない。単純に痛みや恐怖なんかのショックでバリアが外れたのかもしれない。
そうしてバリアが外れたマゾは、ほんとうに幸せそうな顔をする。 どんなに緊張感のあるプレイの中でも、恐怖や屈辱にぎゅうっと縮こまる顔の底や隙間に甘い表情を見せる。
わたしは気難しいマゾも大好きだけど、頭だけで考えて心と身体を開こうとしないその頑なさを見ていると「もったいないなあ」と思う。だからわたしの手でそのストッパーを外せたときには嬉しいし、これからこいつをどうしてやろうかと想像してワクワクする。
「マゾとはこうあるべき」「SMとはこうあるべき」「自分の好きなプレイは○○○だけだ」「俺は本当はマゾじゃないんだ」「女王様は○○○じゃないと認められない」・・・
こだわりや思い入れはもちろん大切だと思うけど、頑なな思い込みに囚われて目の前のものを楽しめないのは、損だ。
「考えるな、感じろ!」
それはわたしも同じ。
自分の理想のドミナ像やSM観、プレイに対するイメージ・・・そういうものに囚われていた時期もあった。周りに素晴らしい女王様もいっぱいいるし、手練れのマゾから聞く素敵な女王様の話に(ひゃー、わたしそんなに人間出来てないぜ)と、焦ることもあった。
でも、考えたところでなーんにも変わらないということに気が付いたの。理想を掲げてみたところで、ほんとうにそれを求めていなければ出来ないし、性癖だって変えられない。
最近は、リラックスしてSMと向かい合ってる気がします。シンプルに、自分の好きなことやればいいのよね。人間以下に堕とすのが好き、心と身体を弄ぶのが好き、わたしのモノにするのが好き!好きなことをするための手段を考えるのは、ただ頭だけで考えるのとは違って実感を伴うから、楽しい。
せっかく楽しいことが出来る環境にいるんだもん、精一杯楽しいことしないと損よね。
4月1日より、ティアラドミナになります。
嘘みたい!なので、せっかくだからエイプリルフールからにしてもらいました。いまだに実感は沸いていません・・・嘘だったらどうしよう。
これからも、マジメに不真面目なことするよ。どうぞ、よろしく。
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