「硬くしたら駄目」「もしも硬くなってしまったら、何でも私の言うことを聞く」私が一方的に押し付けたルールのこのゲームに、キミが負けるのはすぐだった。赤いペディキュアの私のつま先を口に含みながら私の見ている前で自分でさせられて、果てた後のキミの顔ってば!
目の前にいるのはもう嫌な男ではなかった。ただの私の玩具。誰も観ていないフランス映画だけが、キミが堕ちる瞬間を見ていた。
あの夏は、楽しかったわね。
念入りな足と脚へのマッサージ、汗で汚れた足の指の間を一本一本舌で掃除すること、そうすることで股間を硬くすること、そしてそれを足で弄ばれて気持ちよくなること…私が教える全てにキミは夢中になった。少し夢中になり過ぎたのね、キミがそのドキドキを恋と間違えて私に執着するようになって、面倒になった私はキミを棄てた。知ってる?あれは恋なんかではなくて、ただのマゾとしてのときめきだったのよ。それに自分で気付くにはキミのマゾとしての自覚は薄かったし、私はそれを教えるのが面倒だった。
今日はね、少し嫌なことがあったから呑み直したくてここに入ったの。たまたま通りかかったこのバーの、たまたま押したドアのすぐ近くに座っている男。
目が合って、視線が下に…薄いシフォンのミニスカートから覗く私のふとももから、ベージュのエナメルのハイヒールのつま先までをじっと見て、そして驚いた顔のキミともう一度目が合った。そう、キミがあの夏の間なによりも見続けていたこの脚と足。そして、私があの夏の間見続けた、キミのその熱に浮かされたような目。
あれから何年経ったかしらね?無意識に脚を見てしまうところを見ると、キミの心に残した棘はまだ消えていないみたいね。あれから私の脚を思い出して自分でした?誰かとセックスするたびに足を舐めたくて、でもできなくてもどかしい想いをした?それとも誰かに告白して脚と足で虐めてもらった?
ああ、さっきの嫌なことなんて忘れてしまった。あの夏の夜のように、今夜もキミに一杯のお酒をご馳走になって帰ろう。その前に、今夜は私からキミに聞くわね、また会えるかな…って。
こじんまりとした和食の店のカウンターで隣り合って食事をして、そのあとは薄暗い静かなバーでお酒を飲んで…どちらもキミの行きつけだったわね。
嫌な男。
はじめてのデートで自分の行きつけの店に連れて行く男、そしてその店主に「いまこの子を口説いているんだよね」なんてさらりと言ってのけるような男…そんな年上の男を私は何人も知っている。誰もが自信に満ちていて、遊び慣れていて、これまで女に不自由もしてこなかったのだろう。
嫌な男。
趣味の良い部屋の革張りのソファに腰掛けながら、私はそんなことを考える。こうやって、何人もの女をここに連れ込んだのね。「この映画観たことない?じゃあ観ようか」スマートに照明を落とすそのテクニック、一体いままでに何度使ったの?
…さて、どうしてやろうか。
画面の光を受けて白く瞬くキミの顔に、そっと顔を近付ける。受け入れようとするキミの顔を不意に掴むと、耳元で囁いた。ねえ、ゲームしようか。
キミの頬を掴んだまま、立ち上がる。そのまま片手でスカートをたくし上げると、ゆっくりとパンストを降ろしていく。いいわね、その呆気にとられた顔。でも、拒絶する暇なんて与えない。片脚ずつ引き抜いたそのストッキングを手に、抱き付くような体勢でキミの腕を後ろに回して拘束した。さようなら、ピエールマントゥー。私のお遊びのために犠牲になってね。
あれは、重く湿った空気がまとわりつく気温の下がらない夏の夜だった。
退屈なデートの帰りだったかしら?それともなにか腹の立つことでもあった?・・・もう忘れちゃった。とにかく腐った気持ちで通りすがりにたまたま押したそのバーのドアの重さと、開けた瞬間に肌を撫でた冷たく乾いた空気の心地良さは覚えている。
「今日は何曜日だったかな?」
隣に座るキミにそう声をかけられたのは、私の2杯目のグラスが空になる頃だった。「えーっと、木曜・・・あ、いま金曜日になったところです」真面目に答える私に被せるようにキミは真面目な顔をしてこう言った。金曜日のうちに、また会える?
口を開いて二言目に誘ってくる早急さやそんな気障な言い回しを気に入ったわけでは決してないけれど、思わず笑ってしまった私の負けだと思った。そうして私に一杯のお酒をご馳走してすぐに、キミは帰っていった。それから約22時間後、私はキミに2杯目のお酒をご馳走になった。
そうしてその数時間後、まさか私の足の下敷きになって射精してしまうなんて、キミは想像もしていなかったでしょう?
(つづく)
浮かれたミニドレスにハイヒール、リップと煙草と少しのお金くらいしか入らない小さなクラッチバッグだけを御伴にわたしは夜の街を泳ぐ。
適当に賑わっている適当なバーに入って、まずはウォッカソーダを1杯。今日は飲みすぎないようにしないと。声をかけてくる適当な男たちを適当にあしらいながら、わたしは部屋に残してきた「アレ」のことを考える。どうなっているかしら、アレ。お腹を空かせているかな?心細くて泣いているかな?それともわたしがいなくなってホッとしているかな?
昨夜せっかく食事に行ったのに、おまえはわたしがお肉を口に運ぶのを不安そうに眺めるだけだったわね。いいの?ちゃんと食べないと保たないよ?そう促したのにおまえは小さな声で「ちょっと…今は食欲ありません」って俯いていたっけ。あれから何時間が経った?さすがにお腹がへったでしょう。いいわ、帰ったらとっておきの食事を用意してあげるから。
そんなことを考えているうちに、何杯目かのお酒がわたしをトイレに誘う。さあ、アレの待つ部屋に帰らないと。昨夜のディナーを終えて部屋に戻ってからは、おまえが口に出来るのはわたしの体から出たものだけ。そして、わたしが使えるトイレはおまえだけ。暗い部屋に繋がれたおまえは今何を思ってる?わたしの帰りを待っている?それともわたしが帰ってこないように祈ってる?どのみちおまえには選ぶ権利なんて無いの、全ては、わたしの体が決めることなんだから。
…そんなプレイがしたいです。というか、やります。うふふ
山椒魚は喜んだ。そのバスタブの中に居さえすれば、何もせずとも山椒魚の大好きなおいしい汁が降ってくるのである。
ちょろちょろと絶え間なく降り注ぐその甘い汁を啜り、肌に擦り込み、においを嗅ぎ・・・その快楽に惚けて、ただ自分のしっぽをシコシコ擦るだけの怠惰な日々。そんなある日、山椒魚は自分がそこから出られなくなってしまったことに気が付きました。
何故だ?そうかこの汁を飲み過ぎて肥ってしまったのか、それとも常に刺激を与えていたしっぽ以外の部分が萎えてしまったのかもしれない、気付けば目も耳も前みたいにうまく機能していない気がする・・・廻らない頭でぐるぐると考えを巡らせます。
「あははは、かわいそうに!」
突然の、誰かの笑い声。みっちりと身体が嵌まり込んでしまったバスタブの底から見上げると、真っ黒でヌメヌメと光った蛙がこちらを見下ろしています。
(カエル参考画像)
「おまえ、そんなにその汁が好きかい?」
うまく聞こえない耳にもわんわんと響く、魅惑的なその声。思わず山椒魚は、コクリと頷きます。それは、そうだ。この汁に夢中になり過ぎて、自分が動けないことにすら気が付かなかったのだから。まだ甘い汁でじっとりと濡れているしっぽを擦りながら、はっきりと見えない眼で山椒魚は蛙を見つめます。蛙はニヤリとわらいました。
「そう・・・だったら、もっといっぱいあげようねえ!」
そう言い終わるや否や、蛙は機敏な動きで山椒魚の上に跨ります。そしてだらしなく半開きになった山椒魚の口めがけて大量の汁を注ぎ込みはじめました。「ほら、これが好きなんだろう?一滴も無駄にするんじゃないよ!」そう言う蛙の眼はギラギラと凶悪に輝いています。
満足に息が出来ないせいか、それとも大好物の汁に溺れる恍惚か。山椒魚の頭は朦朧とし始めました。大好物のその、熱く香しい汁を全身に浴びて、山椒魚はぜんぶ、濡れてしまった。濡れるほどに、何故自分がここにいるのか、苦しいのか苦しくないのか、なぜこんなにこの汁が好きなのか、一体自分は何者なのか・・・そういうことがどうでもよくなってしまいました。
「どうだ苦しいだろう?もう止めて欲しいかい?」
蛙がそう尋ねる頃には、山椒魚は山椒魚でなくなってしまいました。全身をぐっしょり濡らし、ただ蛙を見上げ、大好きな汁をねだるだけの悲しい生き物。そして、山椒魚は蛙を惚けた眼で見つめ言います、もう自由なんて欲しくないのだ、と。
山椒魚 (新潮文庫) (1948/01/19) 井伏 鱒二 商品詳細を見る |
・・・井伏センセイ、ごめんなさい。